人間、かくも残忍なる生き物:

昨日はマタイの福音書27章の後半。ゲッセマネでイエス様が一人で祈られて、この時苦しみで血の汗を流してあられたと。弟子たちは、眠ってたって。ま、それだけ弱い生き物なんだ。

捕り方(というかどうか知らんが)に捕まえられて、宗教裁判と政治裁判をお受けになられる。宗教裁判だけでは十字架の刑にはできなかったそうだ。中でもいくらか人のいいしかし無責任なポンテオピラト(ローマから遣わされてる)は、なるべくなら死刑にはしたくなかったらしく、むち打ちの刑と決めたんだって。それがかえってイエス様を苦しめた結果になったそうじゃ。鞭と言ってもローマのは、太い革でできてて、中に何か仕込んどるのか知らんが、後ろから鞭うつと、顔は潰れ、前胸部では肋骨が露わになるほどの苦しみだそうな。そのあと、政治裁判にかけられ、ローマ政府への反逆罪(これは死刑にできる)となり、皮はめくれ筋肉まで露わになった体に、十字架を背負わせてカルバリまで歩かせられる。途中坂の急なところがあって、そこで横木を背負わされてたイエス様は躓かれる。だって、もう失血してて意識も朦朧なんだもん。(立木はカルバリの丘にすでに用意されてる)。そこでシモンという名のクレネ人がその横木を担がされる。十字架に縛られる時には、教会の絵ではイエス様は腰に布を巻かれていらっしゃるが、そんなものははぎとられ、素裸だったらしい。そこで両手首の橈骨と尺骨の間にくぎを打ち込まれる。足にも。もう息もできないほどに。通常罪人は苦しさのあまり大声を出すので舌を切り取られることが多いそうだが、イエス様は何もおっしゃらずに、この人たちは何をしているかわかってないのです、父よ許してくださいと。あまりの苦痛の中でのそのつぶやきにクレネ人はクリスチャンになったそうだ。十字架につるされ、通常は苦い葡萄酒(これには鎮痛剤の成分が入ってるらしい)を、棒の先につけて飲ませようとするがイエス様はそれを飲まれなかった。苦しみを全部引き受けてくださったのだ。それでも叫ばれた。エリ、エリ、レマ、サバクタニ。これは我が神、我が神、どうして私をお見捨てになったのですかという意味である。その後酸い葡萄酒で喉を湿され、もう一度叫ばれ、霊を渡された。こんなことは書きたくはないが、大小も垂れ流しになられたらしい。

この間、兵士たちはイエス様からはぎ取った上着、下着などくじ引きで分け合ったり、道行く人は唾を吐きかけて罵ったという。

人間とは集団になるとこのように残忍になれるものかと思う。昔洗礼受けた時には、そこまで思わず、罪のない人の子が私たちの罪をあがなうために十字架にかかってくださったとだけ、ロマンチックに考えていた。

Follow me!

画像をアップロード

こんな症状にご注意を!( 食道、胃、十二 指腸)

●胸焼け
●みぞおちの痛み
●胃の痛み
●ムカムカする
●便が黒い
●ピロリ菌が心配
☆☆このような症状があれば、早めに受診されてください。
※思い当たることがありましたら胃内視鏡検査をおすすめいたします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

「日本語が含まれない」「URLが4つ以上」の投稿は無視されます。(スパム対策)